サンローラン(Saint Laurent) 2026秋冬メンズ ジョヴァンニの部屋が照らす影

夜の湿度と揺れる影──ジェームズ・ボールドウィンの小説 「ジョヴァンニの部屋」 が描いた、 “強さと脆さを同時に抱えた男性像”は、2026AW サンローランの黒いテーラリングへと静かに変換される。 アンソニー・ヴァカレロは、物語に潜む静かな激情を、アシンメトリーの肩線や素材の硬度差、 そして崩れ落ちる襟元へと翻訳し、文学の情緒を構造の技術で纏わせるという稀有な試みに挑んだ。 黒が揺れ、影がずれ、身体の動きに合わせて感情が立ち上がる── そのすべてが“ジョヴァンニの部屋を纏う”という体験へとつながっていく。

「ジョヴァンニの部屋」 とは何か

アンソニー・ヴァカレロが今回のコレクションの出発点にしたのは、アメリカの作家ジェームズ・ボールドウィンが1956年に発表した小説「ジョヴァンニの部屋」 。 物語の舞台はパリ。主人公の青年が、ある男性との恋に落ちることで、自分の欲望やアイデンティティと向き合わざるを得なくなる——そんな“心の揺れ”を描いた作品だ。

当時としては非常に大胆なテーマで、 「自分は何者なのか」 「愛と恐れはどう共存するのか」 という普遍的な問いが静かに、しかし鋭く描かれている。

主人公が抱える矛盾や孤独、そして夜の街に漂う湿度のある官能が、コレクション全体の情緒的な基調を形づくっている。

夜の湿度が落とす影──黒の階調がつくる情緒

その“体験”の入口にあるのは、夜の湿度が落とす影を黒の階調として再構築する技術だ。 ウールは光を吸い込み、サテンは細い光を返し、ラテックスは湿り気を帯びた反射を生む。

黒一色に見えるその表面には、実は複数の感情が折り重なり、 ジョヴァンニの部屋に漂う夜気の重さが静かに息づいている。 黒の中に潜む“湿度”は、単なる色ではなく、物語の情緒そのものだ。 それは、光と影のあいだで揺れる主人公の心の震えを、素材の科学で再現したものでもある。

揺らぐ構造と静かな激情──身体で読む物語

黒の奥で揺れているのは、ヴァカレロが構造で描こうとした“揺らぐ男性像”だ。肩線は左右でわずかにずらされ、前身頃には重さを、後ろ身頃には軽さを与えることで、歩くたびに影がずれ、シルエットが揺れる。腰にゆとりを持たせ、膝下で急激に絞るパンツのラインもまた、強さと脆さが同居する男性像を身体の動きとして可視化する。

そしてその揺れの底には、黒の中に潜む“静かな激情”がある。襟の芯をあえて抜いたシャツは、夜明け前の余韻のように自然に崩れ落ち、レースとラテックスの硬度差は、身体に沿う影と浮遊する影を同時に生む。声を上げない激情が、素材の硬さと柔らかさのあいだで静かに震え続けるのだ。

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