エルメス(Hermès)と、夜に溶ける。—— 心奪われるトワイライト・パレット 2026年秋冬コレクション

見上げた空の色が、刻一刻と表情を変えていく。

2026年秋冬、エルメスが描き出したのは、そんな「移ろいゆく空のパレット」のような、繊細でドラマチックな世界です。

今季のインスピレーションの源泉は、巨匠カッサンドルが描く「トワイライト(黄昏)」のパノラマ。昼と夜が溶け合うマジックアワーの色彩が、上質なレザーやシルクの上に静かに再現されました。

コレクションの核となるのは、「保護」という概念がもたらす新しい造形美です。メゾンの象徴である「ケリー」や「ボリード」は、その機能性を守りながらも、かつてない佇まいへと進化を遂げました。

また、馬具のルーツを象徴する「アルソン」や「ホーボーバッグ」が見せる、異なるアプローチの「身体への親和性」も見逃せません。さらには、名門ボリードの血統を継ぐ新作トップジップバッグが、圧倒的な存在感を放ちながらランウェイに新風を吹き込みました。

現代的なギミックとシャープなラインが融合した新作、そして進化し続けるアイコンたち。

今季、私たちの日常に静かに寄り添い、高揚感を与えてくれるエルメスの名品たちを、一つひとつ紐解いていきましょう。

移ろいゆく空のパレット

今季のコレクションは、刻々と表情を変える「移ろいゆく空」の情熱と静寂を、一着の衣服へと鮮やかに写し取っています。

物語の主軸となるのは、熟成したワインのようなバーガンディや、大地を照らす残照を思わせるテラコッタ。これらの深い赤やレンガ色が、レザーやカシミヤの柔らかな質感と溶け合い、装いに圧倒的な官能美と温もりを宿します。

その重厚なトーンを鮮やかに貫くのが、闇の中で発光するようなサルファーイエローや、一瞬の青空を切り取ったスカイブルーです。この鋭い差し色が、冬の装いにモダンなリズムと軽やかな抜け感をもたらします。

そして全体の土台を支えるのは、夜の帳が下りる直前の神秘的なニュアンス。奥行きのあるミッドナイトブルーや、影に沈む森のようなフォレストグリーンが、静謐(せいひつ)ながらも力強いエレガンスを完成させています。

ドラマチックな色彩と洗練されたダークトーンが共鳴し合う、まさに空の美しさを纏うようなコレクションです。

カッサンドルが描く「トワイライト(黄昏)」のパノラマ

今シーズンのエルメスが掲げるテーマ「トワイライト(黄昏)」を視覚的に象徴するのは、伝説のグラフィックデザイナー、A.M.カッサンドルへの深いオマージュです。その核となるのは、1950年代に彼がエルメスのために描き下ろした名作スカーフ『Perspective(遠近法)』。この幾何学的で建築的なデザインが、現代的な感性で再構築され、コレクション全体に奥行きと叙情性をもたらしています。

グラフィックは単なる装飾に留まらず、広大な「空」や「遠景」を表現する装置として機能しています。オリジナルのグリッドを大胆に拡大・断片化することで、クラシックな文様はモダンな表情へと変貌。重厚なレザーのインナーに配されたプリントは、装いの中に外の世界へと繋がる「窓」があるような錯覚を与え、揺れるシルクドレスの上では、刻々と移ろう夕暮れの光そのものを体現します。

さらに、この緻密なラインをシルクへのプリントだけでなく、ニットの編み地やレザーのパッチワークといった立体的な技法で表現している点に、エルメスの比類なきクラフトマンシップが光ります。かつて豪華客船や鉄道のポスターで「旅」と「近代化」を象徴したカッサンドルの構築美。そのロマンティシズムを現代に呼び起こすことで、都会的でアクティブ、そしてどこまでもエレガントな女性像を鮮やかに描き出しています。

「保護」がもたらす新しい造形:ケリーとボリード

今季、最も象徴的な変化が見られたのが、バッグをレザーのカバーで覆う「パドック」スタイルの展開です。

伝統的なフラップを持つケリーだけでなく、丸みのあるジップトップのボリードにも、馬具の保護カバーから着想を得た「パドック・カバー」が装着されました。

本体をあえてレザーの層で包み込む二重構造は、エルメスの根幹である馬具製作の精神を可視化したものであり、従来のシルエットに彫刻的な厚みと重厚な品格を与えています。

異なる「身体への親和性」:アルソンとホーボーバッグ

構築的な試みに対し、身体のラインと共鳴する「曲線」のモデルも際立った存在感を示しています。

馬の鞍を源流とするアルソンは、外側の斜めジップや調整可能なエトリヴィエール・バックルといった馬術的な意匠を保ちつつ、今季はスエードの柔らかな質感で登場し、都会的なアクティブさを体現しました。

一方、ホーボーバッグはよりリラクシングなアプローチを採り、バッグからハンドルまでが一体となったようなしなやかなドロップ型シルエットに、馬の腹帯を思わせる第2のストラップを添えることで、身体に吸い付くような一体感と実用性を両立させています。

ボリードの血統、新作トップジップバッグが放つ存在感

こうした装飾的なアプローチの一方で、機能美を研ぎ澄ませたトップジップの新作バッグも鮮烈なデビューを飾っています。

ボリードから派生したこの新作は、馬の腹帯(ガース)を思わせる力強いバックル付きハンドルを、実用的なジップ構造に直接融合させたデザインが特徴です。

一切の無駄を削ぎ落としたフォルムに、夕暮れから夜への移ろいを象徴するルージュ・セリエやブラックといった深い色彩を纏わせることで、現代的でアクティブなエレガンスを体現しています。

現代的なギミックとシャープな新作

1993年のデザインに着想を得た、半月型のハードケースのメドール・ウォッチ・クラッチ。中央の大きなメドールスタッズを跳ね上げると時計が現れる、オブジェクトのような美しさが特徴です。

彫刻的で横長のフォルムが目を引くシルエットを持つバッグは、伝統の枠に収まらない現代的なミニマリズムを提示しています。

フラップショルダーバッグは、マチを抑えたスリムな長方形のシルエットに、メゾンの馬具製作の伝統を感じさせる洗練された留め具を配し、強い存在感を放っています。

進化するアイコンと、静かに寄り添う名品

今シーズンの「ピコタン」は、まるでジュエリーを身に纏うような極小サイズや、収納力を備えた「ポケット」など、自由な発想で私たちを楽しませてくれます。シンプルなバケツ型だからこそ、変化の面白さがダイレクトに伝わってきます。

一方で、ブランドの象徴である「バーキン」は、形を変えることなく、空の移ろいを感じさせる奥深いカラーで登場。穏やかな夜のような色彩は、コレクション全体を優しく、力強く支える中心的な存在として、変わらぬ輝きを放っています。

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