装飾を脱ぎ捨てた後に残る、仕立ての美しさと肌の脆弱さ。
アレッサンドロ・ミケーレによるヴァレンティノ 2026年プレフォール・コレクションは、かつての過剰なデコラティズムを封印し、「カッティング」と「シルエット」だけで雄弁にその美学を語っています。
舞台は、史上初めて撮影が許可された、芸術家サイ・トゥオンブリーのプライベートな聖域。中世の壁に刻まれた歴史の記憶と、その間をすり抜けるように動く服。強固な構造と繊細さが同居する、その静かな衝撃の正体に迫ります。

1. 「Dry」という名の贅沢 ── 構造へ回帰するミケーレの現在地
今シーズンのミケーレは、自ら「Dry(ドライ)」と表現するほど、抑制されたアプローチ を取り入れています。
かつてのマキシマリズム(多飾主義)から距離を置き、「何を取り除けば、何が残るのか」 を見極めるかのような、静かで内省的なエレガンスが漂っています。
これまでは刺繍やフリル、プリントの重ね着で独自の美学を描き出してきましたが、今回はカッティングとシルエットだけで、その真価を端的に示しています。
過剰なデコラティズムを抑え、代わりにヴァレンティノが誇る「仕立ての美しさ」をを追求しました。


2. 「抑制」が生む緊張感 ── エッジの効いた仕立てと肌の対比
「抑制」とは単に地味にするという意味ではなく、内側に秘めた情熱をあえて抑え込むことで生まれる「緊張感」のことです。
例えば、無骨なレザージャケットの下に、あえて透けるような薄いレースを合わせる。
「重厚感のあるジャケット」という強固な構造と、「肌の露出」という脆さ(脆弱性)を隣り合わせにすることで、静かながらも強烈なエロティシズムを表現しています。


3. 歴史の再活性化 ── トゥオンブリー邸を選んだ戦略的背景
今回の撮影地は、ローマから車で1時間ほどの場所にある中世の街、バッサーノ・イン・テヴェリーナ に佇むトゥオンブリーのパラッツォ(邸宅)です。
1975年に彼が購入したこの場所は、30年以上にわたり彼の「創造的実験室」であり、数々の名作が生まれたプライベートな聖域でした。
この邸宅がファッションキャンペーンの舞台として開放されたのは、今回が史上初めてのことです。
この場所を選んだ背景には、メゾンの創業者 ヴァレンティノ・ガラヴァーニ への深い敬意があります。
1968年、写真家ヘンリー・クラークが、トゥオンブリーのローマの邸宅で、ヴァレンティノの「ホワイトコレクション」を撮影した歴史的事実に基づいています。
ミケーレは、かつてトゥオンブリーとメゾンの間に流れていた感性を、現代の視点で「再活性化」させることを意図しました。

トゥオンブリーのローマの邸宅

トゥオンブリーのローマの邸宅
4. 空間と共鳴するテクスチャー ── 完璧さより「存在」の強調
被写体は空間に固定された存在ではなく、歴史を刻む石彫や古びた質感の中を、自在に、時に不穏な気配を纏いながら通り抜ける「時間の流れ」として描かれています。
あえてピントをぼかし、動きの残像を意図的に残すことで、服や髪が空気を抱いて揺れる一瞬の「揺らぎ」を表現。完璧に整えられた美しさよりも、そこに実在する人間の呼吸や体温、そして「生きている」というリアルな気配を優先させました。
静止画の中にありながら、なお止まることのない生命の躍動を写し出しています。


